町田のフリー台本/簪夜帳

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『六月の君。-夢と花-』

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https://machidoku.hatenablog.com/entry/2021/06/30/135935

 

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短いお話です。

台本として読む場合は、朗読台本になります。

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『六月の君。-夢と花-』

 

雨に濡れるアスファルト

傘を打つ音。

滴(シタタ)る紫陽花。

浄化の様な澄んだ匂い。

 

六月。彼は。

 

「雨が好き。

雨がたくさん降る六月が好き。」

彼はいつも言っていた。

 

「六月なんて。じめじめしてて私は苦手。」

私はいつも言っていた。

 

「そっか。六月はじめじめするんだね。」

彼はいつも言っていた。

彼は知らない。

知っているのは、四月に桜が咲く事だけ。

彼は産まれてからずっと外を歩くのが夢だった。

彼は私に知りたい事を聞いた。

季節の食べ物、季節の花、季節の行事。

私はいつも言っていた。

 

「ねぇ。この花瓶にある花はどうしてずっと咲いて居るの?花は枯れてしまうんでしょう?」

「この花は造花って言うの。造り物のお花よ。だから枯れたりしないの。」

「造花かぁ。ずっと綺麗なままのお花なんだね。素敵だね。」

 

私は彼に小さな嘘を付いた。

この花瓶に生けた花は造花ではない。

彼が眠り、そして目覚める時、全く同じ花をそっくりそのまま生けている。

一定の周期で眠りにつき、一定の周期で目覚める彼が知らない事。

教えない事。

 

「ねぇ。君が良くベランダで白いモクモクしたものをふぅーってする物は何?」

「……え?」

「あれ。違かったかな。たまにねうっすら見える時があるんだ。

ベランダで白いモクモクしたものをふぅーってしてるところ。夢だったかな?」

「……そうね、きっと変な夢をみてたのよ。」

 

彼の言葉。

眠りが浅くなっている。

もう時期、彼の命が消えてしまうという事。

一定の周期で眠る事で命を繋いできた彼が眠らないという事はその繋がりが途切れるという事。

覚悟していた事。

彼の傍に居ると決めた時からこの時が来る事は分かっていた。

なのに。

 

彼はだんだん教えた事を覚えている様になった

眠ると記憶がリセットされるという宿命。

この機能が無くなっている。

教えた事を覚えている、知っているのが嬉しい

そんな彼を見ているのがだんだんと辛くなって行った。

 

六月。

 

「ねぇ。この花瓶のお花。造花じゃないんでしょう?」

「……え?」

「知っているよ。君がいつも全く同じにしてくれているの。目覚めたら綺麗なお花を見れるようにいつも用意してくれたんでしょう?

知っているというか、最近知った事だけど。」

「もしかして。。」

「うん。明日、死ぬよ。」

 

彼は清々しい程に澄んだ顔で自分の死を、人生を受け入れて居た。

私は彼になんと言葉をかけたら良かったのだろうか。

一族の宿命だとしても、その命は短く呆気ない。

彼は味すらも知らないのに。

いつの日か、誕生日には丸い大きなケーキにロウソクを挿して、火をつけて歳の者をお祝いして、主役は火を吹き消す、みんなでケーキを食べるんだと教えた事があった。

彼はいつかケーキを食べたいと言っていた。

こんな小さな願いも叶わない。

花の香りしか知らない。

自分の口に入れなくてはならない味だけはどうしても教えられなかった。

 

「君はお花みたいな人だ。何度目覚めてもその髪色だけは忘れなかった。

青みががった紫。紫陽花の様な髪。

いつも悲しそうな目をしていたね。

やっと違う顔が見れた。」

「…どうしてそんなにすんなり自分が死ぬ事を受け入れられるの。

貴方はやりたい事が沢山あるでしょう?

どうして。何故。」

「僕は夢を見れるだけで嬉しかった。

君が教えてくれる世界はとても綺麗で、

そんな綺麗な世界で生きれただけで幸せだ。

1つだけ、心残りだとしたら、君に会えない…こと。かな…」

 

澄んだ声で、澄んだ顔で

彼は話した。

 

浅くなる息。

弱まる鼓動。

熱が抜けた体。

止まらない涙。

依然として出ない言葉。

 

「……わがまま。かもしれないけれど…

1つお願いしたいんだ。

君の名前。名前を教えて欲しい。

もしも、目覚めたら君の名前を呼びたいんだ」

「……私は。…私の名前は…」

 

それから、一年後の六月。

 

「やっぱり私は六月は苦手よ。

貴方は雨が好きだったわね。

透き通った感じがするって言ってたかしら。

雨の日の静けさは私も好きよ。

特に、夜の雨は綺麗な夢が見れるから好きよ。

天気雨って、貴方が笑って話しているみたいね。

ねぇ、ずっとそう思っていたの、貴方はどう思う?夢。」

「そうだね。君は六月が苦手だったね。

天気雨を笑うなんて、君は変わったね。

昔に比べて色んな顔を見せてくれる様になったね、僕は嬉しいよ。

僕が六月を好きになったのは君の髪色が紫陽花色だからだよ。

そうだなぁ、天気雨ね、僕の笑顔には虹もついてくるよ。花。」